「市長がM-1に出るなんて、どういうこと!?」そんな驚きとともにSNSで話題になったのが、太宰府市長・楠田大蔵さんとお笑い芸人・高田課長さんによるコンビ「市長課長」。
2025年のM-1グランプリに出場して注目を集めましたが、その後、3回戦を前に辞退を発表し、再び注目が集まっています。
本記事では、「市長課長」とはどんなコンビなのか、なぜ太宰府市長がM-1に挑戦したのか、そして辞退に至った背景と今後の展望など、ニュースでは拾い切れないポイントを整理して解説します。
- 「市長課長」結成のきっかけと、M-1挑戦に込めた狙い
- 3回戦辞退の理由と、その背景にある出来事
- 太宰府市長と高田課長の今後の動向・再挑戦の可能性
「市長課長」とは?太宰府市長と高田課長による異色コンビ
引用:高田課長Instagramより
「市長課長(しちょうかちょう)」は、福岡県太宰府市の楠田大蔵市長と、お笑い芸人の高田課長さんによる漫才コンビです。
2025年7月1日に結成され、同年の『M-1グランプリ2025』へエントリーしたことで全国的に話題になりました。
コンビ名の「市長課長」は、2人の立場そのものを表したネーミング。
楠田市長が「市長」、高田さんが「課長」という立場で並び、肩書そのままの“異色コンビ”として注目を集めました。
楠田市長は、これまで行政にユーモアを取り入れた取り組みを数多く行ってきた人物です。
例えば、若者との対話イベントや地域PRをSNSで発信するなど、「政治を身近にする」姿勢が特徴的。今回のM-1出場も、その延長線上にあるチャレンジでした。
一方の高田課長さんは、福岡を拠点に活動する人気タレントで、テレビ・ラジオ・イベント出演など幅広く活躍しています。
地元密着型の番組では、飾らないキャラクターと親しみやすいトークが人気。
コンビ結成のきっかけも、地元イベントでの交流がきっかけだったと報じられています。
M-1公式サイトでエントリーが確認された瞬間から、「市長がM-1!?」「肩書コンビすぎる!」とSNSでは大きな話題に。
異業種のコラボとして注目を集めるだけでなく、「地域活性化の新しい形」として前向きに受け止める声も多く見られました。
つまり「市長課長」は、単なる“おもしろネタ”ではなく、「政治と地域を笑いでつなぐ試み」として誕生したコンビなのです。
なぜ太宰府市長がM-1に出場したのか|挑戦の狙いと市長の想い
「市長がM-1に出るなんて、何のために?」と感じた人も多いはず。
楠田大蔵市長がM-1に挑戦した理由には、明確な目的がありました。
楠田市長は会見や取材の中で、「政治や行政を、もっと身近でポジティブなものとして感じてもらいたい」と語っています。
つまり、M-1出場は単なる話題づくりではなく、“まちづくりの一環”だったというわけです。
「笑い」は人をつなぐ力があり、政治に対して距離を感じる人たちにもアプローチしたい、そんな発想から生まれたのが、コンビ「市長課長」でした。
太宰府市の名前が全国ニュースで取り上げられたことで、結果的に“地域PR効果”も大きくなりました。
さらに楠田市長は、「挑戦する姿を見せたい」というメッセージも込めていたようです。
M-1という日本最大級のお笑いコンテストに、公職者として堂々と挑戦する姿勢は、「挑戦に年齢も肩書も関係ない」という前向きな象徴として注目を集めました。
相方の高田課長さんも、この挑戦について「まちを笑顔にしたい」「市長のユーモアを活かしたい」とコメント。
地元タレントとして、市長と一緒に“福岡発の笑い”を届けることに意義を感じていたそうです。
つまり、「市長課長」のM-1出場は、笑いを通じて地域を盛り上げる“挑戦型PR”とも言える試み。
政治活動という枠を超え、「人と人を笑いでつなぐ、市民参加型の表現」だったのです。
「市長課長」M-1挑戦の軌跡|結成から辞退までの時系列まとめ
ここでは、「市長課長」がどのようにして結成され、どんな経緯でM-1に挑戦し、そして辞退に至ったのかを、時系列でわかりやすくまとめます。
2025年7月1日|コンビ「市長課長」結成
太宰府市役所でコンビ結成を正式に発表。楠田大蔵市長と高田課長さんが並んで記者会見を行い、「M-1グランプリ2025に挑戦します」と宣言しました。この時点から、全国メディアやSNSで大きな話題に。
2025年9月6日|M-1グランプリ1回戦に出場(福岡大会)
初舞台は福岡の吉本主催会場。観客席からは大きな拍手が起き、「思ったよりちゃんと漫才してる!」とSNSでも好評でした。ネタの内容は、行政の仕組みや市民とのやり取りをテーマにした“政治風刺+地域ネタ”で、太宰府市民にも親しみやすい構成でした。
2025年10月中旬|2回戦進出が決定
M-1公式サイトで「市長課長」が2回戦進出を発表。地方大会では珍しい“公職者コンビ”ということで、メディアも再び注目しました。このころから「次は東京で?」と期待の声が増え、太宰府市のPRとしても効果的だった時期です。
2025年10月31日|市職員の不祥事が発生
市の職員が「自転車での飲酒運転」を起こす不祥事が報じられ、楠田市長は緊急対応に追われることになります。行政のトップとして責任を取る姿勢を明確にし、事態の収拾に専念する方針を表明しました。
2025年11月3日|3回戦辞退を発表
引用:高田課長Instagramより
太宰府市の公式発表および報道各社の取材により、「市長課長」がM-1の3回戦を辞退したことが明らかになりました。
理由は、市職員の不祥事対応を最優先するため。
楠田市長は「市政を預かる立場として、今は漫才よりも市民対応を優先したい」とコメントしています。
このように「市長課長」は、結成からわずか4か月でM-1辞退という急展開を迎えましたが、その間に残したインパクトは非常に大きいものでした。
行政とお笑いの新しい関係を示した挑戦として、今でもSNSでは「すごい試みだった」「また見たい」とポジティブな声が多く見られます。
辞退の理由は?報道で明らかになった事実を整理
「市長課長」がM-1を辞退した理由については、複数の報道機関が詳しく伝えています。
結論から言うと、辞退の背景には太宰府市職員による不祥事への対応がありました。
2025年10月末、太宰府市の職員が自転車で飲酒運転を行い、道路交通法違反で書類送検されるという出来事が発生。
このニュースを受けて、楠田市長はすぐに対応方針を発表し、「市民への信頼を最優先にする」として、公務に専念する姿勢を示しました。
ちょうどその時期、「市長課長」はM-1グランプリの3回戦出場を控えていました。
しかし、市長本人が出演することに対して、「今の状況で漫才をするのは適切なのか?」という意見も寄せられ、最終的に辞退を決断。
報道では、市長自らが吉本興業側に辞退の意向を伝えたとされています。
楠田市長は会見で、「市政の長として責任を持って対応する必要がある」「まずは信頼回復を優先したい」とコメント。
高田課長さんも「残念だが、判断としては理解している」と語り、相方の立場からも市長の判断を尊重する姿勢を見せました。
この辞退をめぐっては、「仕方ない」「誠実な判断」といった声が多い一方で、「せっかくの挑戦だったのに残念」「また次の年に出てほしい」といった温かい意見もSNSで広がりました。
つまり、「市長課長」の辞退はトラブルによる中止ではなく、あくまで市政への責任を優先した誠実な判断。
挑戦の姿勢とともに、対応の誠実さも評価されたケースと言えるでしょう。
ネットや地元の反応|「市長課長」への声を紹介
「市長課長」のM-1出場と辞退のニュースは、全国的にも大きな注目を集めました。
特にSNSでは、驚きと応援、そして惜しむ声が入り混じった反応が多く見られました。
出場発表直後は、「市長がM-1!? 面白すぎる!」「こういうチャレンジ、好きだな」「真面目なイメージだったけど意外とユーモアある」といったポジティブな意見が多数。
公職者が“笑い”というフィールドに踏み込んだことに、新鮮な驚きを感じた人が多かったようです。
また、1回戦・2回戦を通過した際には、福岡県内のニュース番組やローカル紙でも取り上げられ、「太宰府が全国に笑顔を届けた」「地域の話題づくりとして素晴らしい」といった報道も見られました。
特に地元では、「市民が明るくなるニュース」として前向きに受け止められていました。
一方で、辞退が発表されたあとには、「仕方ないけど残念」「また挑戦してほしい」「太宰府市長、真面目で好感が持てる」といった温かいコメントが多く寄せられています。
市長本人の判断を理解しつつ、再挑戦を望む声が目立ちました。
このように、「市長課長」の挑戦は賛否ではなく、多くの人が“応援したくなる前向きな話題”として受け止めたことが特徴的です。
短期間の活動ながらも、地域発のポジティブニュースとして確実に爪痕を残しました。
今後の活動は?太宰府市長と高田課長のこれから
「市長課長」としてのM-1挑戦はいったん幕を閉じましたが、2人の活動はそれぞれのフィールドで続いていきます。ここでは、今後の動きを整理してみましょう。
まず、楠田大蔵市長は2025年10月末の会見で、任期満了を待たず退任を前倒しする意向を発表しました。
市議会選挙と同日に市長選を行うための「90日特例制度」を活用し、次期市政をスムーズに引き継ぐ方針です。
M-1辞退の背景にあった市職員の不祥事対応を経て、信頼回復を最優先に考えた結果とみられています。
楠田市長は「挑戦は終わりではなく、これからも形を変えて続けていく」とコメントしており、政治家としての活動はもちろん、市民との対話を軸にした新しい発信を検討しているようです。
M-1出場を通して得た「笑いで伝える力」を、今後の市政や地域づくりにも活かす可能性があります。
一方の高田課長さんは、引き続き地元・福岡を中心にタレント・芸人として活動中です。
今回の経験については、「貴重な時間だった」「市長と一緒に笑いを届けられたのがうれしい」と前向きに語っています。
テレビ番組やイベント出演でも“市長課長”の話題に触れる場面が増えており、今後もローカルエンタメの顔として注目が集まりそうです。
コンビとしての活動再開については、現時点で正式な発表はありませんが、SNSでは「また市長課長を見たい!」「来年のM-1にも出てほしい」といった声が後を絶ちません。
市長の退任後、形を変えて再結成する可能性もゼロではないでしょう。
「市長課長」は一度きりの挑戦で終わったわけではなく、「地域に笑いを届けたコンビ」として記憶に残る存在となりました。
今後の2人の動きにも引き続き注目が集まりそうです。
まとめ|“市長が漫才に挑んだ”意味
「市長課長」のM-1挑戦は、結果として3回戦を前に辞退という形になりましたが、その短い期間に大きな話題を生みました。単なるお笑い挑戦ではなく、太宰府市長・楠田大蔵さんが掲げた「政治をもっと身近に」という想いが、多くの人に届いた取り組みだったといえます。
行政のトップが“笑い”という舞台に立つことで、市民との距離を縮め、地域を明るく照らした「市長課長」。そこには、「失敗を恐れず挑戦する姿勢」や「地域に新しい風を吹かせたい」という強いメッセージが込められていました。
辞退という結末は残念でしたが、誠実な判断として多くの人から理解と支持を得ています。そして何より、この挑戦を通して「笑いが地域をつなぐ」という新しい可能性が示されました。
今後、市長課長として再び漫才の舞台に立つかは分かりません。それでもこの試みは、地方行政や地域コミュニティにとって、ひとつの“成功事例”として語り継がれていくでしょう。
「市長課長」は、笑いをきっかけに社会を動かしたコンビ。彼らの挑戦は終わりではなく、これからの地方のあり方を考えるうえでのヒントを残してくれた――そんな存在だったのではないでしょうか。

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