「これで本当にいいのか?」と考え始めると、なかなか動けなくなることがあります。
ブログのネタを決めるときも、「このテーマで検索されるのか」「書いても意味があるのか」と考えすぎて手が止まる。
本を買うときも、「今の自分に本当に必要なのか」と迷っているうちに、結局買わない。
副業についても、「何が一番いいのか」を考え続けて、一つに絞れない。
私自身、そんなふうに“正解を選びたい気持ち”が強すぎて、動けなくなることがよくあります。
そんなときに見たのが、Prince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」でした。
この動画では、「考えすぎ」はただ悩みが増えるだけでなく、頭の中の思考に自分が飲み込まれている状態だと語られています。
最初は少し抽象的にも感じましたが、内容を自分なりに噛み砕いてみると、“考えすぎて動けない理由”がかなり腑に落ちました。
特に印象に残ったのは、思考は自分そのものではないという視点です。
この記事では、まずPrince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」の内容をわかりやすく整理したうえで、そこから私が何を感じたのか、そして考えすぎて動けないときにどう向き合えばいいのかを、自分の実体験も交えながら書いていきます。
- Prince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」の内容
- 考えすぎると人が動けなくなる理由
- ブログ・本・副業で私自身が悩みすぎて止まっていたこと
- 考えすぎを減らすために、今の私が大事だと思うこと
Prince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」はどんな内容だったのか
まずは、Prince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」の内容を、私なりにできるだけわかりやすく整理してみます。
この動画は、単に「悩むな」「ポジティブになろう」と励ます内容ではありません。
むしろ、なぜ人は考えすぎて苦しくなるのか、そしてその状態からどう抜け出せるのかを、少し哲学的な視点も交えながら語っている動画です。
話の中心にあるのは、「思考に飲み込まれている状態」から少し距離を取ることです。
私はこの動画を見て、「考えすぎを止める」というより、考えすぎている自分に気づくことが先なんだなと感じました。
考えすぎは、存在しない問題まで生み出してしまう
動画の中でまず印象に残ったのは、考えすぎは実際にはまだ起きていない問題まで、頭の中で作ってしまうという話です。
たしかに私たちは、現実に起きていることそのものよりも、その先にある最悪の展開を想像して苦しくなることが多いです。
たとえば何かを始める前に、「失敗したらどうしよう」「意味がなかったらどうしよう」「笑われたらどうしよう」と考えてしまう。
でも、その時点ではまだ何も起きていません。
それなのに頭の中では、まるで問題がもう現実になったかのように不安が膨らんでいきます。
この状態が続くと、目の前の現実よりも、頭の中で作った不安の方が大きくなるんですよね。
私はこの部分を見て、考えすぎる人は問題解決が得意なのではなく、場合によっては「問題を先回りして増やしてしまう」こともあるのかもしれないと思いました。
「思考している自分」と「思考を見ている自分」は同じではない
この動画の中でも、特に大事な考え方だと感じたのがここでした。
Prince Eaは、頭の中でずっと流れている声や思考と、それを見ている存在は別だという話をしています。
少し抽象的に聞こえるかもしれませんが、これは意外と日常にも当てはまります。
たとえば「自分はダメかもしれない」「失敗しそう」「やめた方がいいかも」と頭の中で声が聞こえたとき、私たちはその内容をそのまま“自分の本音”だと思いがちです。
でも実際には、その声を“いま自分はこんなことを考えているな”と気づける瞬間があります。
この「気づいている側」があるということは、少なくとも思考そのものと自分は、完全に同じではないとも言えます。
この見方ができるようになると、頭の中に不安が浮かんでも、すぐに飲み込まれにくくなります。
「不安がある=自分は進むべきではない」ではなく、“今、不安という思考が浮かんでいるだけかもしれない”と少し距離を取って見られるからです。
私はこの部分を、自分の中では「頭の中の声を全部信じなくていい」という意味で受け取りました。
考えすぎるときほど、その声はすごくもっともらしく聞こえます。
でも、もっともらしく聞こえることと、本当に従うべきことは別なんだと思います。
考えすぎを止めるには、思考を消すより距離を取ることが大切
考えすぎに悩むと、多くの人は「余計なことを考えないようにしよう」とします。
私もそうですが、不安や迷いが強いときほど、頭の中を無理やり静かにしたくなります。
ただ、この動画を見て印象に残ったのは、考えすぎを止める方法は思考を力でねじ伏せることではないという点でした。
無理に「考えるな」と言い聞かせるほど、逆にそのことばかり気になってしまうことがありますよね。
だから大事なのは、思考をゼロにすることではなく、思考との距離を少し取ることなのだと思います。
頭の中に不安が出てきても、「消さなきゃ」と焦るのではなく、まずは“また考えすぎモードに入っているな”と気づく。
それだけでも、飲み込まれ方はかなり変わります。
これは、現実の問題を放置するという意味ではありません。
ちゃんと考えるべきことは考えた方がいい。
ただ、考えても答えが出ない段階で、同じことを何周もしてしまうなら、それは解決ではなく思考のループになっている可能性があります。
私自身、この視点はかなり大きかったです。
これまでは「もっと考えれば正しい答えにたどり着ける」と思っていました。
でも実際には、考え続けることで前に進めなくなっていた場面も多かった。
だから今は、答えを出す前にまず“いま自分は考えているのか、それとも考えに飲まれているのか”を見分けることが大事だと感じています。
呼吸や今この瞬間に意識を戻すことで、頭の中の渋滞はやわらぐ
動画の終盤では、考えすぎから抜けるための実践的なヒントとして、呼吸や「今ここ」に意識を戻す方法も紹介されていました。
これは特別むずかしいことではなく、頭の中で未来や過去のことばかり考えているときに、いったん呼吸や身体の感覚に注意を向けるというものです。
たとえば、息を吸っている感覚、吐いている感覚、今座っている椅子の感触、目の前にある音や景色に意識を戻してみる。
それだけでも、頭の中で広がっていた不安の渦から少し離れやすくなります。
考えすぎているときは、心ここにあらずという状態になりやすいです。
まだ起きていない未来の失敗や、過去の後悔の中に意識が飛んでいて、目の前の現実が見えにくくなっています。
だからこそ、今この瞬間に戻るというのは、気休めではなく思考の暴走をいったんゆるめるための行動なんだと思います。
私もこの考え方にはかなり共感しました。
というのも、考えすぎているときって、頭の中で答えを出そうとしているようで、実は同じところをぐるぐる回っているだけのことが多いからです。
そんなときに必要なのは、さらに考えることではなく、いったん今の自分に戻ることなのかもしれません。
もちろん、呼吸をしただけで悩みが全部なくなるわけではありません。
でも、少なくとも「不安100%の状態で判断し続けること」は避けやすくなります。
考えすぎて苦しいときほど、先に答えを探すより、まず自分を今ここに戻す。
その順番は、意外と大事だと感じました。
この動画を見て、考えすぎて動けない自分の癖に気づいた
ここまで動画の内容を自分なりに整理してきましたが、見終わったあとに一番強く残ったのは、「これは自分にもかなり当てはまるな」という感覚でした。
私はもともと、何かを始める前にいろいろ考えるタイプです。
慎重に考えること自体は悪くないと思っていますし、むしろ失敗を減らすためには必要なことでもあります。
ただ、その慎重さが行きすぎると、だんだん「考えること」が目的になってしまうことがあります。
本当は決めたい、進みたい、やってみたいと思っているのに、頭の中で検討ばかり増えて、結局動けない。
この動画を見て、私はそういう自分の癖にあらためて気づかされました。
特に刺さったのは、考えすぎると存在しない問題まで作ってしまう、という話です。
私はこれまで「ちゃんと考えているつもり」でした。
でも実際には、考えることで安心したいだけで、まだ起きていない不安まで先回りして増やしていた場面も多かったんだと思います。
ここからは、そんな自分の中でも特にわかりやすかった3つの場面について書いていきます。
ブログのこと、本のこと、副業のこと。
どれも一見バラバラに見えますが、振り返ると全部「正解を先に決めようとしすぎていた」ことが共通していました。
ブログのネタ選びで「これで本当にいいのか」と考えすぎてしまう
私が一番わかりやすく「考えすぎて止まる」と感じるのが、ブログのネタ選びです。
記事を書く前って、どうしても考えます。
このネタで本当に検索されるのか。
自分が書く意味はあるのか。
読まれなかったら時間がもったいないんじゃないか。
もっといいテーマがあるんじゃないか。
こういうことを考えるのは、ある意味では当然です。
せっかく書くなら、少しでも読まれたい。
無駄打ちは減らしたい。
そう思うのは自然なことだと思います。
でも、ここで考えすぎると、だんだん本来の目的がズレてきます。
最初は「より良い記事を書きたい」だったはずなのに、途中からは「失敗しないネタを選びたい」に変わってしまうんですよね。
しかも厄介なのは、書く前の段階では本当の答えがわからないことです。
検索されるかどうかも、読まれるかどうかも、実際に出してみないと見えない部分があります。
それなのに、公開前の頭の中だけで正解を当てようとすると、いつまでも決めきれません。
この動画を見てからは、ブログネタを考えすぎているときほど、「いま自分は記事の質を上げようとしているのか、それとも不安を減らしたいだけなのか」を意識するようになりました。
前者なら考える意味があります。
でも後者なら、たぶんその場でいくら考えても前には進みません。
結局、ブログは出してみないとわからない世界です。
もちろん雑に書けばいいわけではないですが、少なくとも私にとっては、完璧なネタを探し続けることより、一度出して反応を見ることの方が答えに近いと感じています。
本当に必要な本か悩みすぎて、結局買わないことがある
考えすぎる癖は、本を買うときにもよく出ます。
本屋やネットで気になる本を見つけても、すぐには買えないことがあります。
「この本は今の自分に本当に必要なのか」
「読んでも活かせなかったら無駄になるんじゃないか」
「もっと今の悩みにぴったりの本があるんじゃないか」
そんなふうに考え始めると、だんだん決められなくなってしまいます。
もちろん、何でもかんでも買えばいいとは思っていません。
お金にも時間にも限りがありますし、読まないまま積んでしまうなら、それはそれで考えものです。
だから慎重になること自体は、間違っていないと思います。
ただ、ここでもやっぱり問題になるのは、「失敗しない買い物をしたい」という気持ちが強くなりすぎることです。
本との相性って、正直なところ買う前に100%はわかりません。
レビューを読んでも、目次を見ても、最終的に自分に刺さるかどうかは、実際に読んでみないと見えない部分があります。
それなのに、買う前の段階で完璧に見極めようとすると、ずっと判断できないままになります。
そして結局、買わない。
でも買わなかった本からは、当然ながら何も得られません。
この感覚は、動画の中で語られていた「頭の中で問題を増やしてしまう」という話にもつながる気がしました。
本来は「読むかどうかを決める」というシンプルな話だったはずなのに、そこに失敗への不安、損したくない気持ち、もっと良い選択肢があるかもしれない迷いが何重にも重なって、決断そのものが重くなっていくんですよね。
今の私は、こういうときほど「必要かどうかを考え続けるより、まず少し触れてみる方が早い」と思うようになりました。
試し読みをする、最初の数十ページだけ読むつもりで買う、読んで違ったらそれも経験だと考える。
そのくらいの軽さがあった方が、かえって前に進みやすいのかもしれません。
副業も比較しすぎるほど、一つに決められなくなる
考えすぎが一番やっかいに出やすいのは、副業のように選択肢が多いテーマかもしれません。
今は少し調べるだけでも、ブログ、SNS運用、動画編集、せどり、Webライター、コンテンツ販売など、いろいろな副業が出てきます。
それぞれに「初心者でもできる」「稼げる」「将来性がある」といった情報が並ぶので、見れば見るほど迷いやすくなります。
私自身も、「結局何が一番いいんだろう」と考えすぎて、一つに絞り切れなくなることがあります。
失敗したくない、時間を無駄にしたくない、自分に向いていないものを選びたくない。
そう思えば思うほど、決めるのが怖くなって、比較ばかりが増えていきます。
でも冷静に考えると、副業は頭の中だけで正解を当てられるものではありません。
どれが自分に合うかは、実際にやってみて初めてわかる部分がかなり大きいです。
向いているかどうかも、続けられるかどうかも、結果が出るかどうかも、比較表を見ているだけでは見えてきません。
それなのに、始める前から「一番いい副業」を探そうとすると、いつまでもスタート地点から動けないんですよね。
これはまさに、私がブログネタや本選びでやっていたことと同じでした。
失敗を避けたい気持ちが強くなりすぎると、選ぶことそのものが重くなってしまいます。
この動画を見てからは、副業選びでも「正解を当てる」より「仮で決めて試す」という感覚が大事だと思うようになりました。
最初から一生ものの正解を選ぶ必要はなくて、まずは一つやってみて、自分に合うかどうかを確かめる。
その方が、頭の中で比較し続けるよりもずっと現実的です。
副業に限らず、動きながらしか見えない答えは多いです。
だからこそ私は今、考えすぎて決められないときほど、「何が一番いいか」ではなく「何から試せるか」を考える方が大事だと感じています。
なぜ「正解探し」をしすぎると、人は動けなくなるのか
ブログ、本、副業。
振り返ってみると、私が考えすぎて止まっていた場面はバラバラに見えて、根っこの部分はかなり似ていました。
どれも共通していたのは、「できるだけ失敗したくない」という気持ちです。
損したくない、時間を無駄にしたくない、遠回りしたくない。
その思いが強いからこそ、できるだけ正しい選択をしたい。
でも、その気持ちが強くなりすぎると、今度は正解を選ぶことそのものが目的になってしまいます。
本来は、ブログなら書くこと、副業なら始めること、本なら読むことが大事なはずです。
それなのに、行動の前に「本当にこれでいいのか」を確認し続けるモードに入ると、手が止まります。
ここが、考えることと考えすぎることの大きな違いなんだと思います。
考えることには意味があります。
でも、考えてもまだわからないことまで、頭の中だけで決めようとすると、苦しくなります。
そして苦しくなると、さらに考えて安心しようとする。
その結果、前に進むための思考ではなく、動かないための思考になってしまうことがあります。
私はこれまで、慎重であることは良いことだと思ってきました。
それ自体は今でも間違っていないと思います。
ただ、慎重さが行きすぎると、失敗を減らすどころか、挑戦の回数そのものを減らしてしまうことがあります。
そして挑戦しなければ、うまくいく可能性も、失敗から学ぶ機会も増えません。
そう考えると、正解探しをしすぎることは、賢いやり方のように見えて、実はかなり大きな遠回りなのかもしれません。
失敗したくない気持ちが強いほど、行動の前に不安が大きくなる
正解探しが止まらなくなる背景には、やはり「失敗したくない」という気持ちがあります。
これは決して悪いことではありません。
むしろ真面目な人ほど、ちゃんと選びたいし、無駄な遠回りはしたくないと思うはずです。
私自身も、ブログのネタを選ぶとき、本を買うとき、副業を考えるとき、いつもその気持ちがあります。
ただ、この「失敗したくない」が強くなりすぎると、まだ行動してもいないうちから、不安の方がどんどん大きくなっていきます。
本来なら一歩やってみればわかることまで、頭の中で何度もシミュレーションして、最悪のケースを先に想像してしまうんですよね。
たとえばブログなら、「検索されなかったらどうしよう」「時間をかけたのに読まれなかったらどうしよう」と考える。
本なら、「読んでも活かせなかったら無駄かもしれない」と考える。
副業なら、「向いていなかったら時間を失うかもしれない」と考える。
こうした不安は、一つひとつはもっともらしいです。
でも問題は、その不安が行動の判断材料というより、行動を止めるブレーキになってしまうことです。
そしてブレーキが強くなるほど、人はさらに安心材料を探そうとして、また考え込んでしまいます。
このループに入ると、行動する前から疲れます。
まだ何も始まっていないのに、もう失敗した気分になってしまうことすらあります。
だからこそ私は今、失敗を避けるために考えているつもりでも、その考えが不安を増やす方向に働いていないかを気にするようになりました。
慎重に考えることと、考えすぎて止まることは違う
ここで勘違いしたくないのは、慎重に考えること自体が悪いわけではない、ということです。
むしろ、何も考えずに飛びつくより、一度立ち止まって考える方がいい場面はたくさんあります。
自分に合っているか、今やるべきことか、続けられそうか。
そういう視点を持つことは大事ですし、私も必要だと思っています。
ただ、慎重さと考えすぎは似ているようで、実はかなり違います。
慎重に考えるというのは、判断に必要な材料を集めて、ある程度のところで決めることです。
一方で考えすぎは、もうこれ以上考えても答えが増えないのに、決めきれずに同じところを回り続けることに近いと思います。
私自身、これまではこの違いがあまり見えていませんでした。
「ちゃんと考えている自分」は、どこか正しいように感じるからです。
でも振り返ると、本当は判断の精度を上げていたのではなく、決める怖さを先延ばしにしていただけだった場面も少なくありませんでした。
慎重に考える人は、前に進むために考えます。
でも考えすぎて止まるときは、前に進まないために考えてしまっていることがあります。
この違いは小さく見えて、実はかなり大きいです。
だから私は今、何かを考えているときに「これは判断のための思考か、それとも決めないための思考か」を意識するようにしています。
それがわかるだけでも、頭の中のループに少し気づきやすくなりました。
やる前に正解を探し続けても、本当の答えは見えない
考えすぎて動けなくなるとき、私はいつも「もう少し考えれば正解が見えるはず」と思っていました。
でも実際には、やる前の段階でわかることには限界があります。
ブログのネタが当たるかどうかも、本が今の自分に刺さるかどうかも、副業が自分に向いているかどうかも、完全な答えは実践する前には見えません。
もちろん、ある程度調べることは大事です。
何も知らずに始めるより、最低限の情報を集めてから動く方がいい。
ただ、その「調べる」がいつの間にか正解を確定させるための作業になってしまうと、前に進めなくなります。
なぜなら、本当の答えは頭の中ではなく、やってみた先でしか見えないことが多いからです。
書いてみたからこそ見えることがある。
読んでみたからこそわかることがある。
始めてみたからこそ、自分に合うかどうかが見えてくることがある。
この順番を飛ばして、最初から完璧に見極めようとしても、どうしても無理があります。
私はここを勘違いしていたんだと思います。
考えることは、答えに近づくための手段のはずでした。
でもいつの間にか、行動しなくても答えを出したいという方向に変わっていました。
それでは、いつまでも現実の答えにはたどり着けません。
だから今は、正解を探すよりも「今の自分にできる範囲で一度試してみる」ことの方が大事だと感じています。
やる前に全部わかろうとするより、やってから修正する。
その方が遠回りに見えて、結果的にはずっと前に進みやすいのかもしれません。
動画を見たあとに、私が「考えすぎ」を減らすために大事だと思ったこと
ここまで書いてきて、あらためて思うのは、考えすぎを完全になくすことはたぶんできない、ということです。
もともとの性格もありますし、何かを真剣に考える人ほど、簡単には割り切れません。
私自身も、ブログ、本、副業のことを今後まったく迷わなくなるとは思っていません。
ただ、この動画を見て気づいたのは、考えすぎをゼロにすることよりも、考えすぎに飲み込まれないことの方が大事だということです。
頭の中に不安が浮かぶこと自体は止められなくても、それをそのまま真実だと思い込まない。
その姿勢があるだけで、動けなさはかなり変わってくる気がします。
そしてもう一つ感じたのは、考えすぎる人に必要なのは、さらに考える技術ではなく、「ここで一度止めて、やってみよう」と切り替える感覚なのかもしれないということです。
もちろん雑に決めるという意味ではありません。
でも、ある程度考えたなら、どこかで行動に渡さないと、いつまでも頭の中だけで終わってしまいます。
だからここからは、今の私が考えすぎを減らすうえで大事だと思っていることを、もう少し具体的に書いていきます。
頭の中に浮かぶ不安を、全部そのまま信じなくていい
考えすぎているときほど、頭の中に浮かぶ不安はすごく正しく見えます。
「このネタはたぶん読まれない」
「この本を買っても無駄かもしれない」
「この副業は自分に向いていないかもしれない」
そんな声が出てくると、つい“そうかもしれない”ではなく、“きっとそうだ”として受け取ってしまいがちです。
でも、この動画の考え方を自分なりに受け取るなら、まず大事なのは「不安が浮かぶこと」と「その不安が事実であること」は同じではないと知ることだと思います。
頭の中の声は、ときどき安全運転をさせてくれる一方で、必要以上にブレーキを踏ませることもあります。
特に失敗したくない気持ちが強いときほど、不安はもっともらしい顔をして出てきます。
だからこそ、浮かんできた考えをすぐに信じるのではなく、「今、自分はこういう不安を感じているんだな」と一度そのまま見ることが大事なんだと思います。
これは、不安を無視するという話ではありません。
必要な不安もあります。
ただ、考えすぎて止まるときは、その不安が現実の危険ではなく、まだ起きていない未来を頭の中で大きくしすぎているだけのこともあります。
私も今は、何かを決める前に不安が出てきたときほど、まずは「これは事実か、それとも頭の中の予想か」を分けて見るようにしています。
それだけでも、不安にそのまま引っ張られにくくなる感覚があります。
答えは考え続けても出ないことがある
私はこれまで、迷ったときほど「もっと考えれば答えが出るはずだ」と思っていました。
実際、考えること自体は大事です。
何も考えずに決めるより、一度立ち止まって整理した方がいい場面はたくさんあります。
でも、考えれば考えるほど答えに近づくとは限りません。
むしろ一定のところを超えると、答えに近づくどころか、同じ場所をぐるぐる回るだけになることがあります。
ブログのネタも、本選びも、副業も、ある程度考えたあとは、情報が増えるというより迷いの言い分が増えていくだけになりやすいです。
「まだ早いかもしれない」
「もっといい選択肢があるかもしれない」
「今じゃない方がいいかもしれない」
こういう考えは一見冷静に見えますが、続きすぎると判断を深めるというより、決断を遠ざける方向に働きます。
この動画を見てからは、考え続けることが必ずしも前進ではないんだと、あらためて感じるようになりました。
頭の中で答えを出そうとしても、そもそもやってみないと見えない答えがあるなら、そこは考えるだけでは届きません。
だから今の私は、迷っているときほど「まだ考えるべき段階なのか、それとももう一度動く段階なのか」を意識したいと思っています。
考えても答えが出ないときは、考える時間を増やすより、行動を少し足した方が早い。
その感覚を持てるだけでも、考えすぎとの付き合い方は変わってくる気がします。
実践してみないとわからないから、とりあえずやってみる
ここまでいろいろ書いてきましたが、今の私が考えすぎを減らすために一番大事だと思っているのは、やはり「実践してみないとわからない」という前提を忘れないことです。
ブログのネタも、出してみないと反応はわかりません。
本も、読んでみないと今の自分に必要かどうかは見えてきません。
副業も、やってみないと向き不向きはわかりません。
どれだけ頭の中で考えても、この部分だけは飛ばせないんですよね。
もちろん、何も考えずに勢いだけで動くのとは違います。
ある程度調べて、考えて、そのうえでどこかのタイミングで「ここから先は、やってみないと進まない」と切り替えることが大事なんだと思います。
私自身、考えすぎて止まりそうになったときは、「答えは実践してみないとわからないから、とりあえずやってみよう」と自分に言い聞かせることがあります。
これは強引に背中を押すための言葉というより、頭の中だけで完璧な答えを出そうとしている自分を、現実に戻すための言葉に近いです。
実際、小さくでも動いてみると、頭の中で想像していた不安とは違う景色が見えることがあります。
思ったよりできるかもしれない。
逆に合わないとわかるかもしれない。
どちらにしても、止まったままよりは次の判断材料が増えます。
考えすぎる人ほど、最初の一歩を重くしがちです。
でも本当は、その一歩で人生のすべてが決まるわけではありません。
まずは試す。違ったら修正する。
私はそのくらいの感覚の方が、考えすぎずに前へ進むにはちょうどいいのかもしれないと感じています。
考えすぎて動けない人へ。正解探しをやめた先で、やっと前に進める
Prince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」を見て、私が一番強く感じたのは、考えすぎをなくすことよりも、考えすぎに支配されないことの方が大事だということでした。
考えること自体は悪くありません。
むしろ真面目な人ほど、ちゃんと考えてから動こうとします。
でも、考えることが「より良く進むため」ではなく、失敗しないための正解探しに変わってしまうと、人はだんだん動けなくなります。
私自身、ブログのネタ選びでも、本を買うかどうかでも、副業をどうするかでも、ずっとその状態になりやすいと感じてきました。
ちゃんと選びたい。遠回りしたくない。損したくない。
その気持ちは自然なものです。
ただ、その気持ちが強すぎると、行動する前に不安ばかりが大きくなってしまいます。
だから今は、完璧な答えを探し続けるよりも、「今の自分にできる範囲で一度やってみる」ことの方が大事だと思っています。
やってみないとわからないことは、本当に多いです。
そして、動いたあとに見える答えの方が、頭の中だけで作った答えよりずっと現実に近いと感じます。
もし今、「これでいいのか」と考えすぎて止まっていることがあるなら、まずは頭の中の不安を全部信じすぎないこと。
そのうえで、ほんの少しでも試せる一歩がないかを考えてみる。
正解を見つけてから進むのではなく、進みながら答えに近づいていく。
考えすぎる人にこそ、その順番が大事なのかもしれません。
考えすぎて動けない人へ。正解探しをやめた先で、やっと前に進める
Prince Eaの動画「OVERTHINKING STOPS NOW」を見て、私が一番強く感じたのは、考えすぎをなくすことよりも、考えすぎに支配されないことの方が大事だということでした。
考えること自体は悪くありません。
むしろ真面目な人ほど、ちゃんと考えてから動こうとします。
でも、考えることが「より良く進むため」ではなく、失敗しないための正解探しに変わってしまうと、人はだんだん動けなくなります。
私自身、ブログのネタ選びでも、本を買うかどうかでも、副業をどうするかでも、ずっとその状態になりやすいと感じてきました。
ちゃんと選びたい。遠回りしたくない。損したくない。
その気持ちは自然なものです。
ただ、その気持ちが強すぎると、行動する前に不安ばかりが大きくなってしまいます。
だから今は、完璧な答えを探し続けるよりも、「今の自分にできる範囲で一度やってみる」ことの方が大事だと思っています。
やってみないとわからないことは、本当に多いです。
そして、動いたあとに見える答えの方が、頭の中だけで作った答えよりずっと現実に近いと感じます。
もし今、「これでいいのか」と考えすぎて止まっていることがあるなら、まずは頭の中の不安を全部信じすぎないこと。
そのうえで、ほんの少しでも試せる一歩がないかを考えてみる。
正解を見つけてから進むのではなく、進みながら答えに近づいていく。
考えすぎる人にこそ、その順番が大事なのかもしれません。

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